先日、Anthropic(アンソロピック、対話AI「Claude」を開発している米国の会社)が、中小企業向けのパッケージを発表した。これまで大企業が専属のチームを組み、何千万円もかけて作り込んでいたような仕組みが、月額数万円で手に入る。そういう時代がついに来た。
誤解のないように言っておきたい。これは「AIの頭が良くなった」というだけの話ではない。中身は、大企業だけが持てた高性能なDX(業務をデジタルで効率化する仕組み)そのものだ。今まで数千万円かけて構築していたものが、月額数万円で借りられる。つまり、仕事の前提そのものが入れ替わる合図だと、私は受け取っている。

日本はへの影響は?
北米や中国で先に普及し、日本は数年遅れて追いつく。いつもの構図だ。今回も同じ道をたどるだろう。ただし、今回ばかりは「遅れ」が命取りになりかねない。人手不足、賃上げ圧力、生産性の伸び悩み。日本の中小企業はこの三つを同時に抱えている。
一人で三人分の仕事をこなせる仕組みが月額数万円になったのだから、すぐに飛びつく企業が増えるだろう。様子見をしている間に隣の会社が先に導入する。気づいたときには、同じ人数で倍の量を回す企業と、昔のままのやり方の企業の差は確実に開いていく。
AIが進化すると、ホワイトカラー(士業やITベンダー)はどうなるのか
税理士、社労士、行政書士、弁護士。いずれも高度な知識と判断力が求められる仕事だ。だからこそ、機械には置き換えられないと長く信じられてきた。
ところが、生成AIはまさにその知識や分析を得意とするようになった。膨大な条文や判例を調べ、論点を整理し、書類の形に落とし込む。人間が何時間もかけてきたこの部分を数分で下書きしてくる。知識量や処理速度で正面から競えば、人はもう勝てないところまできた。
では士業は不要になるのか。このような議論がされているが、私は、そんなことはありえないと思っている。調べる・書くという「作業」はAIが担い、人間がやるべきことは、その答えをどう使うか決める判断、依頼者の不安に向き合う対話、そして最後に責任を引き受ける覚悟。これらができる人は間違いなく生き残る。逆に、旧式のやり方のままで、依頼者のニーズに応えられない人は生き残れない。ITベンダーもしかりである。

「ガラパゴス」の本当の意味
「ガラケー」という言葉がある。日本でしか通用しないような独自路線を歩んでいることを「ガラパゴス化」と言うことがあり、たいていは”揶揄”の意味で使われる。
だが、本当のガラパゴス諸島が教えているのはそれではない。島で起きたのは、環境に適応したものだけが生き残ったということ。
同じ祖先を持つ生き物が、島ごとに違うエサ、違う気候に合わせて、くちばしの形を変えた(変わったものが生き残ったのかもしれないが)。陸のエサが少なくなったイグアナは海の中に飛び込んだ。変えたものは生き延び、変わらなかったものは消えた。
ガラパゴス化の本質は「独自路線」という意味ではない。「適応したものだけが残る」という、生き残りの原則そのものだ。
人間だけが進化を「選べる」
産業革命のときも同じことが起きた。機械が登場し、手仕事の職人の多くは仕事を失った。馬車を走らせていた御者も消えた。しかし、社会から仕事の総量が減ったわけではない。運転手が生まれ、整備士が生まれ、物流という巨大な産業が立ち上がった。消えたのは「職業」ではなく、変化を拒んだ人だった。
私が新卒で入社してまもなく、Windows95が導入された。今まで電卓や紙の上で行ってきた手計算が表計算でできるようになり、勤怠管理や部品の申請などが自分達で行えるようになった。それまで台帳や電卓でしていた仕事が消えていったのを目の当たりにしている。工場の組み立て作業なども同様に、今まで人で溢れかえっていた工場がいつの間にか無人になったのをみてきている。
ガラパゴスの動物たちは、環境に合わせて何世代もかけて姿を変えたのだろう。だが人間は違う。人間は、自分の意思で、自分の代のうちに進化を選べる。おそらく地球上で唯一、そういうことのできる生き物なのではないか。
つまり、進化するかその場に居続けるか、それは、才能の差ではなく単に選択の差だと思う。
大企業のように稟議や前例に縛られないことから、中小企業や個人事業はむしろ有利だと思っている。社長が「やる」と決めれば、明日から動ける。小回りが利く分だけ、先に進化できる。私たち、ネクスト・アクションは、生き残る道を選び、変わろうとする人たちの伴走支援をさせて頂いています。
「AIに仕事を奪われた」という感覚はどうもしっくりこない。進化をだれにも止められない以上は、「進化を選択した者だけが生き残る」ということだ。

